車いす女子?のゆるーいブログ

気づいたらアラフォーの車いすユーザーが、頑張らない程度にライフハックや人生観を綴るブログ

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見た目が奇麗なだけで羨ましがるんじゃねぇ!! こっちは動かねぇんだよ(泣)!!

こんにちは!
車いすユーザーのカクテルです。

詳しいプロフィールはコチラをご覧ください。

 

今回は、まだ障害者になってすぐのとき。

病室のおばあさまたちが私の動かない体を見て、「あなたはいいわねぇ」と不幸自慢の相手を延々とさせられ、何とも言い難く、複雑で、気持ちのやり場がなかったときの話をしようと思います。あるあるだけど、愚痴のような気持ちのいい話ではないので、苦手な方はスルーでお願いします……!

逆に病院で傷を作ることに

プロフィールでも書いた通り、私はもともと健常者です。

事故時の外傷は、ガラスでも飛んできたのでしょうか? 顔にうっすらと一本の擦り傷ができたくらいでした(まあ中身はズッタズタでしたが)。

だがしかし、現在でも残る一番の顔の傷は、病院で作られました(汗)。

私の首が粉砕骨折し、自力で支えられなかったがために装着された『ハローベスト』という頸椎カラーです。

それがコチラ↓↓↓ 

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(引用:欧和通商株式会社)

皮膚を貫通して頭蓋骨に直で4カ所ボルト固定し、着用したベストと頭を繋げて首を固定する装具なのですが、救急搬送されてわりとすぐ、意識朦朧としている中で局所麻酔をして装着されました。朦朧としている中でもなかなか痛くて「痛いぃ……痛いぃ……」と言っていた記憶があります。

 

私がボルト固定された場所は耳後ろあたりの後頭部2カ所と、眉上あたりの額2カ所でした。額は今でもすっぴんだとうっすら(酔っぱらうと目立つ笑)痕が分かり、後頭部の痕は髪の毛が生えてこなくなり、ハゲています(泣)。

 

首にとって良い角度で固定されているので微妙に体勢が辛く、処置しやすいように浴衣を着せられた上に羊毛を使ったベストをされているのでとにかく暑い!!!

大怪我しているのでずっと熱もあり、薄着もできず、オペをして骨折部分がある程度治るまでの約1カ月半、どんなときも欠かさずつけっぱなしで、あの時期はかなり辛かったです(泣)。

奇麗イコール元気とは限らない

そんな装具も徐々に軽度なモノに変わり、遂に首回りがすっきりしたのは確か、3カ月ほど経った一般病棟にいる頃。つい先日まで寝たきりだったので、少し起き上がるだけで血圧が下がってしまいます。血圧が低いと具合が悪くなるし、酷いときには意識が飛ぶので、少しずつベッドを起こして長座位になる練習をしていました。他にも、まだ8割ほどしか治っていない首に負担をかけない程度に動かす練習をしたり、神経の損傷で感覚機能や運動機能が無くなっているので、ベッド上に座っているだけでもバランスボールに乗っているかのような状態。バランスをとる練習も兼ねていて、何もしていないように見えてただ座ることが試練という状況(笑)。

 

ぱっと見は健常者がベッド上で自由にしているように見えてしまいます。だから大部屋を利用していた私に、同室の2人のおばあちゃんがよく話しかけてきました。

「どこ怪我してるの? 奇麗でいいわねぇ。私なんか~……」と。

2人とも、詳しいことは不明ですが欠損部分がありました。例えば、糖尿病による壊疽で切断したり、理由は様々だと思います。欠損部分があると体幹が不安定になるのか、バランスがとれないだとか、痛いとか延々と話しかけてきます。

『首を怪我して動かない』と伝えたところで、「でも奇麗(欠損していない)なんだからいいじゃない」と言われてしまうのです。『動けない・動かない』ということは、周りにそういった人がいない限り、なかなか理解してもらえません。わりとご高齢で、少し認知症も入っていたようなので、余計に理解できなかったのでしょう。

 

見た目が全て。

手も足も全て揃ってるのだから、私より全然いいじゃないか。

 

「私なんかこんなに大変なのよ、それに比べたらあなたは若いんだし奇麗(欠損していない)なんだからいいじゃない~」と、数分置きに同じ話をしてくるのです。

何気ないひと言がものすごく鋭利

勿論、おばあちゃんたちに悪気がないことは分かっています。だから怒るにも怒れないし、泣きたくても泣くわけにいかない。このあとも何度か入院するので、慣れしてしまっている今なら看護師さんに伝えて、部屋移動なりカーテンを閉めっぱなしにするなり、色々な対応手段があることも知っています。でもそのときの私は入院なんて人生初で、無知だから話を聞くしかない。

 

つい先日『もうあなたの体は一生動かない』と宣告されたばかりで、何とか納得しようとしつつも葛藤している状態の私には、なかなか酷でした。

 

私のとりあえずの目標は車いすに座ることで、ベッド上で血圧や座位のコントロールをしている。指も動かないから起き上がって体調が良ければ、ベッドテーブルの上に大きめで軽い物体をいくつか広げ、動かない指にうまいこと引っ掛けて持ち上げる練習なんかをしている。

対しておばあちゃんたちは、欠損していて不自由だけど1人で車いすに乗り移って、ゆっくりだけど動き回れて、引き出しを開けて何かを取り出したり、こっそりおやつを食べていたりする(←多分本当は食べたらダメ)。

 

比べるものではない。

様々な病気の方が入院していて、それぞれみんな大変で、辛い。そんなことは分かっている。だけど……動いて好きなことができているあなたたちのほうが私より自由じゃないか? 見た目が奇麗という単純な理由で羨ましがるな!! と、負の感情が溢れてくる。

 

人の心はとても弱い。

幸いなことに私には、私の辛さを察してくれる家族や看護師さん、重度の障害を負っても変わらず接してくれた友人もいて、お見舞いに来てくれたりもしたので、何とか乗り切って今に至るけど、たった独りで障害と向き合っていたらどうなっていただろう。

 

おばあちゃんたちにお見舞いが来ていた印象が、私にはない。来ていたのかもしれないし、もしかしたら大事な人たちに先立たれていたり、環境的に来れる人がいなかったのかもしれない。精神的に辛かった部分を、同室の人たちと話すことで紛らわせていたのかもしれない。

本当のところは分からないままだけど……

 

何気ないひと言で辛かった分、私も気を付けなくてはと、この記事を書いていて改めて思いました。

 

 

cocktail